南無 大師 遍照 金剛 と は。 Vol.13 南無大師遍照金剛/豊山派の主張/真言宗豊山派

南無大師編照金剛

復興に立ち上がることは、己自らの利益だけではない、この日本の大地を甦らせること、と自負できる、大げさかもしれないが、人間として崇高な生きた証となるものと言い得る。 また、ある仏教雑誌社が、「空海と真言宗がわかる本」という企画モノを出版したのもつい近時であります。

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南無大師編照金剛

「南無大師」の「大師」は、言うまでもなく「弘法大師」のこと、前述しましたように、「こうぼうだいし」と言わなくても、「大師」だけで十分、ということです。 それは、大日如来 だいにちにょらい です。 できる限りご対応いたします。 歩いて霊場を回りながら、南無大師遍照金剛を唱えるのには、訳があります。 それは、比叡山では法然・親鸞・日蓮・道元・栄西といった絢爛たる鎌倉新仏教のエースたちが育っており、その痕跡が残されているからかもしれません。

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南無大師遍照金剛ってどんな意味があるのですか?

いいか悪いかは別として、空海の個人的なカリスマ性が強い高野山において、教育的想像力を発揮する余地が比叡山と比較してどれほどのものだったのか、という疑問です。 高野山は空海個人に対する崇拝で成立しているような印象を受けました。

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南無(なむ)から始まるお参り

一方の比叡山には、確かに伝教大師の廟所をお守りする聖地もあるのですが、全山的に最澄個人のカリスマはそれほど感じませんでした。

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宗派別の本尊・本山・題目早見表

大勢の巡礼者と一緒に声を上げてお経を唱えるなど、日常的に経験できる儀式ではなく、改まった気持ちになったのでした。

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